短編
ダイヤモンドの姫


「本当はね、黒いドレスにしようかと思ったの。ほら、真っ黒なドレスに宝石が映えるんじゃないかなーって思って」
 そう言ってモトセは胸元のブローチをつついた。赤や黄色の花のコサージュの中にあるダイヤモンドはいつも以上に存在感を示している。モトセの、姫の象徴だ。
「でもね、蝶野がいるでしょ? 聞いてみたらやっぱり黒にするって言うからね。さすがに同じ色はちょっと嫌じゃない。それに蝶野の方が絶対インパクトあるし。だから結局オレンジにしたの。まあ、ダイヤモンドは無色で何にでも合うからその点良かったんだけど」
「そっちの方が華やかで良いと思いますよ! あたしは好きだな」
「そう? なら良かった」
 嘘ではなく、今日のモトセは華やかだった。
 聖夜祭の巫女姿から一転、パーティー用のオレンジ色のドレスに着替え、長い髪を結い上げたモトセはいつも以上に大人っぽく美しいと思った。
「確かに、最後の聖夜祭だもんね。華やかにした方が良かったかも」
 モトセがご機嫌に呟いて、レイカは思い出した。高校三年生であるモトセにとっては最後の聖夜祭。三年間務めてきた姫としての役目も実質は今日で終わるのだ。
「聖夜祭はお祈りもしなきゃいけないし、パーティもあるし、そのリハーサルやら準備やらで時間も神経も使うから疲れるんだけど、終わったら終わったで何か寂しいわね」
 今日は一年に一度の聖夜祭。姫五人で行われる祈りの儀式を見届け、その後は華やかなパーティが始まる。参加は任意だが、皆パーティードレスに着替えて、踊ったり美味しい物を食べたり談笑したりと楽しい時間を過ごす。そして、今年の聖夜祭はもう終わりを告げようとしている。早い者はもう会場を後にしていて、賑わっていたパーティも静かになり始めていた。だからこそ、レイカはこうやってモトセと二人でゆっくり話す時間を手に入れることが出来たのだが。
「モトセさんは三回も姫として参加しましたもんね」
「何が大変ってダンスのパートナーを探すことだったんだけどね。こんなところで騎士を付けてない弊害が出ると思わなかったわよ」
 少し大げさにため息をついて肩をすくめて見せるが、モトセはそれさえも楽しんでいるように思えた。多分、その考えで間違いないだろう。
「そう言えば何でモトセさんには騎士がいないんですか?」
 元はこの祈りの儀式のために生徒から選ばれた者を指す姫という存在。その姫には必ず騎士と呼ばれる者が付くので、本来ダンスパートナーなど考える必要がないのだ。ただ、何故かモトセには騎士が居なかった。だから毎年、わざわざパートナーを選んでいたらしい。それは確かに大変だろうと思うが、そもそも何故モトセには騎士が居ないのだろう。出会った時からすでにそうだったので、今まで疑問に思いつつも聞くタイミングがなかった。
「そうねえ、一言で表すなら意地ってとこなんだけど……ごめんね、詳しくは教えられないの」
「あ、いいえ! ちょっと聞いてみただけなんで、大丈夫です!」
 申し訳ないと眉を下げて笑うモトセに、レイカの方が慌てた。ちょっと興味本位で聞いてみただけなのだ。レイカは両手を前に出して大げさに横に振ってみる。するとモトセが楽しそうに笑ったので、ほっと一安心した。
 けれどモトセは次の瞬間には真剣な顔つきになり、しばらく何かを考えるように視線を足元に落とす。何か変な事でも言っただろうかと、レイカが様子を窺うと、モトセはゆっくりと顔を上げてレイカを真っ直ぐ見た。
「ねえ、さっきの質問だけど、知りたい?」
「え? えっと、教えて下さるんでしたら……」
「これね、ちょっとだけ姫の秘密に関わるから言わない方が良いかなって思ったんだけど、もし姫の秘密を知る立場になるんだったら別に言っても良いなって思って」
「へ? それってどういう意味ですか……?」
 姫には秘密があるらしい。そしてその秘密は当たり前だが関係者以外は明かしてはいけないらしい。けれど、最後の部分が理解出来なかった。秘密を知る立場になるということは、どういうことなのだろうか。
「ちょうど決めなきゃいけない時期だし、教頭先生から候補を聞くって言う手もあるけどやっぱり自分で指名したいしね。うん」
「モトセさん?」
「ねえ、レイカちゃん、やってみる?」
「何をですか?」
「決まってるじゃない。次のダイヤモンドの姫よ」
「えっ、え、ええええ!?」
 あっけらかんとモトセは言ったが、その内容はさらりと聞き流せるものでは到底なかった。
 姫はこの学園の中でも優秀な者だけが選ばれる。望んでも簡単になれるものではないのに。
「そ、そんな! あたし、普通科ですよ……?」
「あら、実力は知ってるわよ。特進科であってもおかしくない実力だし、クラス変更も出来ると思うから、そこは問題ないわ」
「でも……!」
 実力はもちろん、家柄だって重視される姫。今の代の姫も揃いも揃って名家の出身だ。けれどレイカは名家はおろか、魔法使いの家の出身ですらない。とてもじゃないが、選ばれる人材だとは思えない。簡単に首を縦に振ることは出来ない。
「ねえ、レイカちゃん」
 そんなレイカの心情を悟っているのか、モトセは口元に笑みを浮かべつつも鋭い眼差しでレイカを見つめる。その眼差しにびくりと体が震えたが、逸らすことは出来ない。
「確かに、難しい選択よね。すぐに答えが出るもんじゃないって私も分かってる。でもね、チャンスは誰にだって訪れるわけじゃないのよ」
「チャンス……?」
「そう。残念なことにチャンスは平等なんかじゃない。どんなに努力したってそのチャンスが訪れる保障は誰にも出来ない。努力するって、精々運よくチャンスが訪れた時に、それを確実に自分の物に出来るかどうかの成功率を高めることでしかないのよ。努力は報われるわけじゃない」
 モトセはいつも明るく優しく楽しい人柄だ。けれどレイカは知っている。明るく笑うその笑顔の裏には、いつも自分に対する厳しさが存在する。だからこそ、彼女の言葉はレイカに響く。
「何がチャンスになるのかは人によって変わってくるし、人が羨むようなものも自分にとっては価値のないものかもしれない。だから押しつけようとは思わないわ。けど、良く考えて答えを出して。それを引き受けた先のことも、全部考えた上で、ね」
 先ほど思いついたようにレイカの姫への指名を告げたモトセだが、単なる思いつきではないことがレイカにも伝わる。おそらくモトセはレイカが姫になった時に生じるだろう問題も、レイカがぶつかる壁も見越している。
 その上で、レイカを指名しているのだ。レイカならやれると信じて。
「……冷えてきたわね、そろそろ私たちも戻りましょうか」
 そう言って、モトセは歩き出す。外はもう夜も更けていて、祭りの終わりが近づいてきていた。
 答えを今すぐに聞くつもりはないということだろう。モトセはさっさと歩いて行ってしまう。慌てて追いかけて並んでも、他愛のない会話を交わすだけだ。
 そして気付く、今は追いかけることで精一杯であることを。
 もしこの申し出に頷いたのなら、モトセはどんな顔を見せるのだろうか。
 嬉しそうに、それとも力強く笑うのだろうか。
 その答え合わせを近い内にすることになるような気がして、今はただ、寒空の下を歩いた。




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