今日はバレンタインデー。
好意を持つ相手に、主にチョコレートを――できれば手作りで――渡す事で、その想いを伝える日だ。
かくいう自分にも想い人がいて、バレンタインデーという行事に乗じて遂にその気持ちを伝えようとしていた。
料理は好きだから、チョコレートを作るのにはそう苦労しなかった。ただ、包装にはとても迷った。悩みに悩んで、結局は至って普通の包装紙にリボンを象ったシールをちょこんと貼り付けるだけのシンプルな形で収まった。
小さな箱を持った手が震える。
相手とはそれなりに親しいから、声をかけるのには緊張しない。でも、問題はその後だ。
チョコレートを渡し、想いを伝える。そうする事で、向こうが引いてしまわないか。それが心配だ。
……いや、きっと大丈夫。ここ数年で、それなりに認知されるようにはなっているはずなのだから。
「それじゃ、バイバイ」
「また明日ー」
遠くから声が聞こえてくる。
(来た……!)
途端に心臓の鼓動が速くなり、顔が熱を持つのが分かった。
なかった事にしてしまおうか。でも、この機会を逃したら、もうチャンスはないかもしれない。ああ、でも――等と迷っている間に、相手がこちらに気付いたようだ。駆け足で寄ってくる。もう逃げられない。
「何やってんの、こんなところで」
こちらの動揺も知らず、無邪気に笑いかけてくる。それから、手に持っている箱に気付いて言ってきた。
「……何、その箱。ひょっとして貰ったの?」
ニヤニヤと笑いながら聞いてくるが、その声色に何かを探るような含みがある気がするのは、単なる思い過ごしだろうか。
「ち、違うよ。これは……」
そこまで言って、続きを言い淀んだ。上手い言葉を探してしばらく視線を彷徨わせたが何も浮かんではこず、首を傾げて続きを促す相手に黙って箱を突き付けた。
え? と瞳を丸くした相手は、しかしおずおずと受け取ってくれた。
「え、まさか……これ、あたしに?」
喉に声が詰まってしまい、代わりに必死に頭を振る事で彼女の言葉を肯定した。恥ずかしくて、顔が見れない。
「ははーん。最近ハヤリの逆チョコってやつね」
空になった手を引こうとしたところで、その手に再び箱の重みが戻った。
まさか……受け取ってはもらえなかったのだろうか。一気に心が沈む。
だが、手に戻った箱に視線を移して、僕は思わず首を傾げた。自分が用意したものとは違う包装がされていたからだ。
「え……え?」
箱と彼女を交互に見る。彼女は少しバツが悪そうな顔をして目を逸らした。
「一生懸命作ったのに、まさか男の方から手作りチョコを渡されちゃうなんて……女の子の立場がないじゃないのよ」
「ご、ごめん」
――ああ、そうか。そういう事か。
「謝らなくたっていいのよ! だって、その……嬉しかった、から」
お互い、恥ずかしくて言葉にはできないから、こうやって箱に詰めて想いを届けたのだ。そしてそれは間違いなく、相手に届いた事だろう。僕の気持ちも、それから、彼女の気持ちも。
「ねぇ、せっかくだから……どこかで、一緒に食べない?」
「うん。そうだね、行こう」
僕達は顔を見合わせて、はにかんだ。
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