紅葉


「あー……紅葉饅頭が食いたい」
 私は彼のその呟きを聞いて、何てロマンの欠片もない男だろう、と呆れてしまった。
 季節は秋。
 私と彼は、春からずっと微妙な距離を保ち続けていた。
 友達以上、恋人未満というやつだ。
 今日も二人で出かけているが、決してデートではない。
 ……でも、全く異性として意識していないかと言うと、それは違う。どこかで恋人として振る舞いたい、振る舞って欲しいと思っているのは事実で。
 そんな中で、二人で紅葉を見ているのに、紅葉饅頭の話。
 夢見がちかもしれないが、もし異性として相手を意識しての会話ならば、もう少しオシャレな会話があってもいいと思う。
 「紅葉が綺麗ね」「君の方が綺麗だよ」……って、これはさすがにないか。
 ともかく、彼の発言はやはり『友人として』のものであって、私は恋人にはなれないのだなと改めて感じてしまう。

「……どうしたの? 何か元気ないけど」
「えっ?」
 思考にかまけて、気付けば紅葉饅頭の話すら無視してしまっていたらしい。
「ご、ごめんごめん……! お饅頭って広島名物だよね。そんなに食べたいなら、今度みんなで旅行でもする?」
 友達と複数で旅行に行くなんて、そんなに珍しい事ではない。むしろ、かなりのペースで今までもやってきた事だ。
 それなのに彼は何故か、きょとんとして私を見る。
「え、何? 乗り気じゃなかったりする……?」
「うん、乗り気じゃない感じ」
 ――何て気まぐれな奴だ!
 そんな、思わず口から出そうになった言葉は何とか飲み込んだものの、きっと表情には露骨に今の気持ちが出てしまっただろう。
 だが、彼が続けた言葉は、
「でも……お前と二人っきりなら、考えてやらん事もない。……なんつって」
 あまりにも予想外で、頭の中が真っ白になった。
 彼はというと、後悔しているような、自信のなさそうな、それでいて照れて頬を染めるという、奇妙な表情をしている。
 本当に、何という、予想外。
 心臓がバクバクと高鳴って、顔が急激に熱を帯びるのが分かった。
「お前さえよければ、だけどさ。俺達、そろそろ……デートしてみないか?」
 何だか色々な感情が込み上げてきて、気を抜くと全てが溢れてしまいそうなのを必死で堪える。
「嫌ならいいんだ。急に変な事言ってごめん」
 そう言ってゆっくりと身を引こうとする彼の腕を掴んで、
「……遅いのよ、バカ」
 照れ隠しの一言。
「え、それって……?」
「私は、い、今からだっていいんだからねっ」
 今からというのは、もちろんデートの事だ。
「ほ、本当に?」
 聞き返してくる彼の顔をまともに見れず、うつむき加減のまま頷く。
 私だけでなく彼も照れて、しばらく無言のぎこちない時間が続く。
「あの、じゃあさ……手、つないでいいかな?」
 沈黙を破った彼が遠慮がちに言って、手を差し出してきた。私はそれに応え、その手を握る。
 ――温かい。
 ずっと一緒にいたけれど、互いに触れ合う事を意識する事なんてなかった。
 そんな彼の手の温もりを、私はこの日、初めて知った。



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