正義の味方も楽じゃない


「あ、それ良いんじゃない?可愛いじゃん!」
「んー……やっぱだめ、ちょっとかかとが浮く」
「でも足首にストラップあるから、脱げたりはしないでしょ」
「いや、だめ。やっぱ安物はちゃんと足に合うもの見つからないわね」
 デザインは好きだし、サイズも一応合ったからどうかなと思ったけど残念。私の求めるフィット感はなかった。
 名残惜しいけど、その春色のパンプスを棚に戻してさようなら。
 買い物に付き合ってくれている友達が勿体ない、なんて顔をしているけど、こればっかりは妥協できないわ。
「……アンタって不思議よね」
「何が?」
「服とかはセットで千五百円!みたいなの簡単に買う癖に、靴だけは拘るじゃない」
「だって服はちょっとくらい体のラインに合わなくても痛くないけど、靴は痛いし。可愛くて足にぴったりするのを選んでたら値段張っちゃうのよね」
「そんなにぴったりの靴じゃないと気持ち悪いの?私なんてちょっとくらいかかとが浮いても気にしないわよ」
「まあ、日常生活送る分には……」
「え? 今、何て?」
「ううん、何でもない」
 私だって、出来る事ならそうしたい。
 高い靴はほいほい買えるわけじゃないから、そんなに種類持てないし。
 安い靴で済むなら、もっと色んな靴がそろえられるわけだしね。
 でもそんなことしたら、またきっと怒られちゃうわ。
「ね、ちょっとお茶しない?」
「うん、良いわよ。パフェ食べたい――……っとちょっとごめん」
 鞄の中に入れていた携帯電話が、ブルブルと震える。
 マナーモードにしてるから音楽は流れないけど、バイブが連動するようにしているから、一定のリズムではなくメロディに合わせたリズムで震えてる。
 これは――。
「……ごめん、急用出来ちゃった。パフェまた今度」
「良いけど、何、彼氏?」
「そんなんじゃないわよ。ごめんね、じゃあまたね!」
 急いで別れてなるべく会話が聞こえなさそうなところに移動。
 いい加減電話に出ないと怒鳴られるから、とりあえず通話ボタンを押しておきましょうか。
『コラ!早く出ろよ!』
 ほらやっぱり。
 音が割れるくらいの大声で怒鳴って来た。
 緊急事態だっていうのは分かってるけど、止めて欲しいわ。
「仕方ないでしょ?人がいっぱいいる中で出るわけにもいかないじゃん」
『お前また街中でフラフラしてたのか!』
「良いじゃない!休みの日くらい遊びに行くのは普通でしょ!ってかそんなこと言ってないで早く要件言いなさいよ!」
 ちょっと言えば小言めいたことを言ってくるから好きじゃないのよ。
 でも、同じ宿命を持った仲間だから付き合っていくしかないのよね。
『お前に言われなくても分かってるよ!港近くの公園だ、そこで奴らが現れた。お前そっから近いよな』
「港の公園……そうね、五分くらいで着けると思うけど」
『なら急いで向かってくれ。あとの奴らにも声かけておくから』
「了解。ちゃんと結界の用意はしてあるんでしょうね?」
『お前に心配されなくてももう準備万端だ』
「そう、なら良いわ」
 ぴっとボタンを押して通話終了。
 走って五分の距離だから、もうすぐに人ごみはなくなるはず。
 今日の靴はひざ下までのブーツ。
 チャックで閉めるタイプで、ヒールも高くないから全速力で走っても脱げることはないし、靴ずれだってなったことはない。
 朝、出かけるときに悩んだけどこれを選んで正解だったってわけだ。
 安心して、私は全力で走りだした。
 走っているとどんどん人の気配が消えて良く。
 結界がちゃんと作用している証拠。
 目的の公園に辿りついた時には人の気配は全くなく、代わりに鬼のような巨大な化け物が低い声で唸っていた。
「一匹か……なら皆が来る前に倒せるかも?」
 この前買ったばかりのバッグをベンチの上に置いて、神経を集中させる。
 徐々に体の中から熱くなってきて、力が漲ってくるのが分かる。
 ウォーミングアップとばかりに、とん、と軽くジャンプ。
 すると私の体はビルの二階建ての屋上まで軽く飛び上って、足場の悪いはずのフェンスに難なく着地。
 うん、大丈夫そう。
「全く……本当に困るのよねー。あんた達のお陰で折角の休みも満喫出来ないじゃない」
 ううん、休みだけじゃない。
 今日みたいな緊急の時を考えて、服は破れても良い使い捨て出来るような安物しか買わないし、逆に靴は少々値を張ってでも良いもの選ばないと、思うように戦えないし。
 この前、うっかりヒールが高いミュールを履いちゃって、動きが鈍ったせいでめちゃくちゃ怒られたんだから。
「ほーら、鬼さんこちら! 今ならまだパフェ行けるかもしれないし、さっさと始めちゃいましょう!」
 鬼はそんな私の事情なんて知るかと、ギラギラとした瞳でこちらを睨んでくる。
 うーん、無駄に挑発するなって言われたばかりだったっけ。
 あれも駄目、これも駄目、こういう時は気をつけろ、どんな時でも油断するな。
 確かに大切なことだけど、その所為で乙女の時間を満喫できないなんて。
「本当……正義の味方も楽じゃないわね」
 でも、ぼやいてても仕方ないから、ちょっと世界の平和を守るとしますか。



 ▲INDEXへ


inserted by FC2 system