朝顔


 夏と言えば海水浴にキャンプに花火にかき氷にと、風物詩と言われるものがたくさんある。かと言って俺はそういう夏らしいことを積極的にしようとは思わない性質なので、夏休みと言えばぼうっとしている間に終わって、最後の宿題に追われると言ったイメージしかない。
 とは言っても、全く夏を堪能しないでもない。心優しい友人や、ノリの良い幼馴染に囲まれているお陰で、どこかに連れ出されることも少なくない。ちなみに今日もこれから近所の夏祭りに行く予定になっていたのだが。
「……で、浩太、誘っといてそれはないんじゃないか?」
「ごめん、まーくん! 俺だってドタキャンは良くないと思うよ? けどさ、そもそもアイツがいきなり行けるようになったとか言い出したのが悪いわけで……」
「ふーん、それで彼女を取るわけだ」
「そりゃ……ああ、もう勘弁してよ!」
 夏祭りに行こうと誘ってきたのは浩太。誘われて出て来た俺と奈央。だけど準備万端と出てみれば、やっぱり彼女と行くなんて言いだしたのだ。
 これにはさすがの浩太も罪悪感があるらしく、必死に謝っている。
「まあ、良いじゃんまーくん。俺達の所為で浩太と美香ちゃんが別れるってことになったら困るし」
「そうだなあ……」
「ちょっとなおちゃん! 縁起でもないこと言わないで!」
 実のところ、ドタキャン自体にそこまで腹を立てているわけではない。ただ単に、必死に弁解する浩太が面白かっただけだったりする。
「二人とも、本当ごめんって。今度埋め合わせするから――」
「浩太―!」
「あ、美香!」
「あれ、二人もこれからお祭り?」
 何も知らない美香が、呑気に俺達の前に現れた。
 浅葱色よりももう少し淡い色の、朝顔の柄の浴衣。髪の毛もちゃんと結い上げられていて、これこそが夏の風物詩だと思ってしまうほど、美香は完璧に整えた姿でやって来た。
「美香ちゃんは浩太とデートだよね?」
「うん、そうだよー! ほら、浩太、行こう!」
「お、おう……」
「じゃ、なおちゃん、まーくん、またねー」
「おー」
「ばいばいー」
 申し訳なさそうな顔をしている浩太など気にもせずに、美香はそのまま浩太を引っ張って行った。さっきはいつもと違う姿に少しだけどきりとしたが、振舞いはいつもと変わらなかったので、どこか安心した。
 まあ、浩太はともかく、あんなにめかし込んでやって来た美香のデートの邪魔をするわけにはいかないから、黙って見送ってやろう。
「しかし……奈央、俺らどうする? 二人で一応ぶらつくか?」
「…………」
「奈央?」
「……へ、あ、何?」
「こっちのセリフだよ。何ボーっとしてんだよ」
 反応がない奈央を見ると、奈央はじっと寄り添って歩く二人を見ていた。
「……奈央……もしかして、美香のこと好きだったとか、そんなん言わないよな……?」
「ええ? 違う、違うよ!」
「じゃあ何見てたんだよ」
「んー……いや、美香ちゃんの浴衣、朝顔だったなって」
「は?」
 奈央はよく突拍子もないことを言う。けれど今日はまた一段と不可解だ。浴衣の柄がどうしたのだろう。
「朝顔が?」
「えっと……ちょっと恥ずかしい話になるんだけど……」
「へえ、珍しいな。何」
 俯いて、ちょっと照れくさそうな顔の奈央は、それでも話を続けた。
「昔の話だよ? 俺さ、朝顔好きだったんだよ。でも、折角朝に咲いても昼とか夕方になったらしぼんじゃうでしょ。それがすごく悲しかったんだよね」
「へえ……」
「それが嫌だなって思ってたら、たまたまお母さんの田舎に行った時に、従兄のお姉ちゃんが持ってた浴衣を見せてもらって。それが黒い生地に朝顔の柄の浴衣だったんだ」
「ふうん?」
「俺それ見た時感動してさ、そっか、浴衣の中だったら夜でも朝顔が咲いてるんだって思って」
「思って?」
「それ、欲しいって親戚の前で珍しく駄々こねた」
「……え、でもそれって女の子用の……」
「そう、女の子が着るやつ。でも小さい頃ってそんな違いがどうしたって感じじゃん。俺が男だから駄目って言われても納得出来なかったし、どうしてもそれが良いって言って。我儘言うのとか、結構珍しかったから、未だに田舎に行く度にその昔話出されるんだよねー」
「それはそれは……」
「しかも結局着せてもらってさ、満面の笑みで女物の浴衣を着てる俺のその時の写真を見せられるの」
「うわー、恥ずかしい!」
「でしょ?」
 中々聞かない、奈央の恥ずかしい話は新鮮で、とても愉快だった。毎年毎年、親戚に面白そうに笑いながら写真を見せられる奈央の姿を想像すると、同情心が生まれるが、しかしやっぱり面白い光景だと思う。
「今は?」
「へ?」
「今でも、夕方にしぼむのは悲しい?」
「……ああ、朝顔のことか」
 俺の問いに、奈央は軽くうーんと唸ってから言った。
「今はそうでもないかな。逆に、朝しか見れないって言うのがまた良いのかもしれないなんて思うようになったからね」
「なるほどな……」
 夏の風物詩と言ったら数えきれないほどあるけれど、奈央にとってはその朝顔の浴衣が一番の風物詩となるのだろうか。
 毎年写真を見せられて、見せられる度に遠くなっていく自分の姿を見て、奈央は何を思っているんだろうなんてことを思った。



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