「どこまで行くんだよ、浩太」
「もうちょっとだって」
「さっきからそればっかりだし」
「あー、もう、ちょっとくらい黙ってついて来いよ、なおちゃんみたいにさ!」
 花見に行こうと、俺達を呼びだしたのは浩太。それも突然、家の中まで押しかけてきて連れだしたのだ。
 それなのに、ずっと歩いてまだ着かない。
 文句の一つも言いたくなる。
「てか、今更行っても場所とかねえだろ」
「え、場所取りとかいらないよ。見るだけだから」
「それ、花見って言うのか?」
「花見るから花見じゃん」
 俺の想像していた花見は、シートを広げてお弁当をつつく、というものだったが、どうやら今日はそんな花見じゃないらしい。
 確かに、俺達三人ともほぼ手ぶらだ。
 これで弁当なんか出てきたらさすがに驚く。
「でも何で急に花見?」
 おとなしく歩いていた奈央が、首を傾げて言う。
 その言葉に、よくぞ聞いてくれましたとばかりに浩太の顔が綻んだ。
「それがさ、この前超綺麗なとこ見つけてさ! これは二人にも見せておきたいと思って!」
「へえ、浩太が風景に感動を覚えるなんて思わなかったな」
「……いちいちまーくんは一言多いんだよ! そんなんだから彼女出来ねえんだよ!」
「うっせー! ほっとけ!」
 これを言われると反論出来ない。これで意外と浩太は女の子に優しいというかマメなので、こういう面に関しては何も偉そうなことは言えないのだ。
「彼女と言えば……美香ちゃんはつれてこなくて良かったの?」
 美香というのは浩太の彼女だ。あのおてんばとこの浩太が彼氏彼女だということが、未だに信じられずにいる。
「あー……そりゃ、まあ」
「そっか、もう見せてるよね。ごめん」
「……なおちゃん、今分かってて聞いただろ?」
「そんなことないよ」
 いや、これはわざとだろう。二人が付き合っていることを面白がっているのは、きっと奈央の方だ。
「まあ、だからそういうこと! ほら、そろそろ見えた。あそこ!」
「んー?」
 着いたのは河原。
 川沿いの並木道に桜が並んでいて、確かにこれは綺麗だ。
 バーベキュー禁止と書かれている看板がでかでかと立てられているのが少し残念ではある。
 でもだから、よくはる花見の風景はなく、シートを広げて花見というのは出来そうにはない。
 もちろん、持って来ていないのだから初めから出来るはずもないのだが。
「今日晴れてて良かったー。ほら、そっちじゃなくてこっち見てって」
「こっち?」
 奈央と二人で顔を上げて並んだ桜を見ていたが、どうやら見て欲しいのはこちらではなかったようで。
 浩太が大きく手を振って、流れる川を指差した。
「そっちって川――あ」
 浩太の見せたかったものが、ようやく理解出来た。
 太陽の光を浴びてきらきらと光る水面には見事に桜の木が映っていて。その水面に桜の花びらが次々と攫われて流れて行く。
 流れる水の音と、桜の花弁と共に舞う風の音と。暖かい空気に包まれて光を反射する水面。
 綺麗、だった。
「……お前がこんな光景を見せてくれるとは思わなかった」
「だから一言多いって。でも良いだろ?」
「うん。すごい」
 すごい、綺麗だ、そんな言葉しか思いつかない。語彙がないといったらそれまでだけれど、でもそれ以上立派な言葉を並べることが出来ても、無意味なような気がした。
 会話もそれだけでぷっつりと切れて、俺はただただ目の前の光景を眺めていた。
「――え、なおちゃん?」
 時が止まったような時間を、戸惑ったような浩太の声が切る。
 何だよ、なんて思ったけど隣に立っていた奈央を見て、おれも戸惑った。
「な、奈央?」
「……へ? ……ああ、ごめん。何だろうね」
 涙を、流していた。
 本人も気付いていなかったのだろう、俺と浩太に顔を向けられて、ようやく気付いたと言った様子だった。
 パーカーの袖でその涙をぬぐって、奈央は苦笑いを浮かべた。
「駄目だな、春って……何か、切なくなるから」
「そっか……」
「うん、弱いんだ、この空気」
 でも思わず泣いてしまいそうになるのは俺も同じだ。
 暖かい日差しや、風や桜の花びらはどこか涙を誘う。
 悲しいわけじゃないのに、その優しさが泣きそうになる。
「綺麗だなー……」
 奈央がそう呟いた。
 やっぱりそれ以上の言葉はないのだ。
 茫然とその光景を眺め続ける奈央は、もうそれ以降涙を流すことはなくて。
 それが少しだけ、残念だった。



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