クリスマス


「サンタって何歳くらいまで信じてた?」
 浩太が突然そんなことを言いだした。
 俺達は今まで会話らしい会話を交わすことなく、俺はクッションを座布団代わりにして雑誌を読んでいたし、浩太だって人の家のベットで何の遠慮もなく寝転んで漫画を読んでいた。まあそれは、ベットの本来の持ち主である奈央が何も言わないからだろうけど。そう言う俺だって、このクッションを断りもなく使っていたりする。
「俺は小三まで信じてたんだけど、なおちゃんとまーくんは?」
 高校二年生にもなる、それなりに体つきの良い浩太が未だに可愛いあだ名で俺達のことを呼ぶ。染みついた癖っていうのは中々抜けない。
「覚えてないよ、具体的にいつまでだったとか。まあ、俺もそんくらいなんじゃないの?」
「マジで? 俺めっちゃ覚えてんだけど。クラスでさ、信じる派と信じない派に分かれてさ。俺は信じる派だったんだけど、その夜こっそり起きてたら父親がプレゼント置いててさー。あれはショックだったねまじで」
 なんとも浩太らしいエピソードだ。こいつは昔から、何に対しても興味を持って、一生懸命だった。それがたまに度を超すことがあるから、それを止めるのが俺で、優しく見守るのが奈央の役目だった。
「なおちゃんも? 覚えてない系?」
 きっと、浩太は漫画を読むのに飽きたのだろう。パーマの取れかかった茶色い髪を無意識にいじりながら、浩太は勉強机で教科書を読んでいた奈央に問いかけた。
 実はテスト期間中だったりする。
「一応小学校卒業までかな?」
「え、嘘。超意外なんだけど」
 浩太の言いたいことは俺にも分かった。奈央は小さな頃からどこか大人びた子どもだった。だからその答えは意外なように思えたけれど――。
「奈央、一応っていうのは?」
 その言葉が引っかかって、聞いてみた。
「サンタを信じているっていうことにしておいたって言う意味。だから、本当にいると信じていたのはいつまでかは分かんない」
「何だよ、その信じていることにしておいたっての」
 眉を寄せて、浩太も聞く。不機嫌になったわけじゃない。難しいとちょっとでも思うと、浩太はすぐこんな顔をするのだ。
「そうだね……初めはね、本当に信じていたのかもしれない。けど、いつからか本当は違うのかなって疑い出して、でも信じていたいなっていう葛藤が生まれる。だから言葉では信じてるって言うんだよね。けど、いつの間にか信じたいって思う言葉は、ただの嘘にかわってきている。もう、信じる心もなくなっちゃったんだよ。それに気付いたのが、小学校の高学年の頃だったかな?」
「あ、俺もそんな感じかも……。具体的に考えたことはなかったけど」
「ふうん? 二人ともややこしいこと考えてんだな。その時はっきりさせれば良いのに」
「あのな、人類が皆お前みたいにあっさりぱっきりしてる奴らじゃねえんだよ。……それにしても、小学校卒業までってのは?」
 気付いたのが高学年の頃だったんだとしたら、卒業までは嘘をついていたことになる。
「だって、クリスマスプレゼントが欲しかったから」
「は?」
 奈央はふふっと子供みたいに笑う。
「朝起きたら枕もとにプレゼントが置いてあるんだよ? サンタじゃないって本当は知ってたよ。でもね、それがすごく嬉しかった。だから言いたくなかったんだ、サンタなんていないなんて。言っちゃえば簡単に解けてしまう魔法だと分かってたから」
 そう言えば、サンタを信じなくなった代わりに、クリスマスプレゼントは親から貰うものになっていた。
 嘘のサンタでさえ、我が家には来なくなってしまった。
「信じているよって言う限り、親もその魔法を続けてくれるんだ。その親だって、多分俺がもう本当の意味で信じてはいないってこと、知っていたと思う。それでもサンタはやって来た。結局、どっちも嘘をついていたってことかな。親はサンタを演じて、俺はサンタを信じる子供を演じていたんだ」
 奈央は昔からどこか大人びていると、子供だった俺はなんとなく思った。だから、たまに言う奈央の言葉は理解できないことだったりした。その時よく思ったんだ。大人になれば、理解できるかもしれないと。
 けど、そうじゃないと、大人になって分かった。
 奈央は大人びていたのではない、見ている世界が違ったんだ。
「なおちゃんって子供の頃からそんなこと考えてたの? 子供の時くらい無邪気に生きてれば良いのに」
「俺は無邪気だよ。いつでも、今でも」
「嘘だー」
 浩太は不満そうに言うが、俺は奈央は嘘をついていないと思った。
 奈央は多分無邪気なんだ。
 俺は大きくなって知ってしまったことで、感じ方も捉え方も変わってしまったけど、多分、奈央は変わらない。
 自分の目で見た世界を、自分で感じたままに捉えることが出来るんだろう。サンタがいることよりも、その一晩だけの魔法を喜んだ奈央だから。
「やっぱなおちゃんって面白いよな」
「ありがとう」
「奈央、多分浩太は褒めてないよ」
「うん、でも一応受け取っておこうかなって」
 無邪気な奈央は、それ故にきっと一人で生きて行くのも構わないのだろう。
 それを寂しいと感じるのは俺の感情で、奈央はそんな風には思わないのだ。
 ううん。そんな風に思わない奈央に、俺は寂しさを抱いているんだ、きっと。
「クリスマスプレゼントなんて、今じゃもうあげる側だしなー。ああ、どうしよ、今年のクリスマス」
 言って、浩太は仰向けに寝転んだ。最近出来た彼女へのプレゼントに頭を悩ませているのだろう。奈央は奈央で、また勉強机に向かって教科書を開けている。
 俺はと言うと、そんな寂しさを抱いているなんてまさか言葉にするはずもなく。さして興味のない雑誌を開けながら、来年も結局は同じようにこうして過ごしているのだろうと思っていた。



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