「なあ、沙代ちゃんは何で京都の紅葉が綺麗か知ってる?」
宗兄さんが、急にそんなことを言った。
久々の京都。
母方の親戚にあたる宗兄さんに連れられて、紅葉狩り。
写真とか、テレビの中でしか見たことのない秋の京都は、本物を見てもとても綺麗だと思った。
だからその感想をそのまま伝えたら、さっきの質問が飛んできたのだ。
「綺麗な理由……? 聞いたことないけど、何か理由があるの?」
聞きなれない京都独特の訛り。そして宗兄さんの持つ、どこか不思議な大人の魅力。それが重なって、宗兄さんのその問いは私をワクワクさせた。
紅葉が綺麗に色づく理由。
何だろう、何だろう。
「紅葉が綺麗に色づくにはそれなりの条件がいるんやて。適度な水分と紫外線。あとは昼夜の気温差とかな。そういう条件がこの京都の土地には揃ってるんや。もちろん、その年によって変わるから、毎年とは言われへんけど、でも他の土地より綺麗に色づきやすいとは思うな。まあ、俺もちょっと聞いただけやから、そこまで詳しいわけとちゃうけど」
宗兄さんは、得意げにそう言った。
豆知識が披露出来て満足そうでもある。
でも私はがっかりだ。
ちょっと期待していた答えとは違った。
「……なんや沙代ちゃん、不満そうやな」
「だって……」
宗兄さんは、そんな私をすぐに見抜いた。
残念な気持ちを隠すつもりなんてなかったから、そう指摘してもらってちょっと嬉しい。
「だって、宗兄さんがいかにもって感じで聞くんだもん。もっと不思議な理由があるのかと思ったのに」
「不思議な理由? ……ああ、桜がピンク色なのは何故でしょう、みたいな感じか」
そう、その通り。
桜がピンク色をしているのは、その根元に死体があるから。
良く聞く伝説ね。
死体なんて気持ち悪い話だけど、桜の持つ怪しい美しさを思い浮かべると、どっかで本当なんじゃないかって考えてしまう。
怖いけど、ちょっとワクワクする。
そういうのが、紅葉にもあるのかと思って期待したのに。
「そりゃ悪かったなあ。それやったら、京都には魔力があって、それが紅葉を綺麗に見せてるって言うたら良かったかもなあ」
「別に、嘘を教えて欲しいわけじゃないんだけど」
そんな風に言われると、途端に子供扱いされてるような気分になって、ちょっと複雑。
そして、急に恥ずかしくなった。
久しぶりの京都で、久々に宗兄さんに会えて浮かれていたんだ。
昔からカッコイイお兄さんだったけど、記憶よりもうんと背が伸びて、声も低くなって、落ち着いた大人になった宗兄さんが、昔感じた時よりもカッコイイと思ってしまったから、私は舞いあがっていたんだ。
「いや、でもあながち嘘と違うと思うで」
「嘘じゃないって?」
赤い、赤い紅葉を一つ手に取って、くるりと指先で回す。
「紅葉に適した土地って、よう考えたらすごいことちゃう? 寺とか神社とか、街並みもそうやけど、こんな植物まで京都を綺麗に見せようとしてるなんて、それこそ京都っていう街がなんか魔力持ってて、そうさせてるんちゃうかって思わへん?」
言って、宗兄さんは、手の中の紅葉を私の耳元に差し込んだ。
黒い髪に、赤い紅葉が色づいている。
「ああ、やっぱよう似合うわ。沙代ちゃん、ほんま綺麗になったなあ」
ふっと、宗兄さんは笑う。
綺麗なのは、その笑顔の方だと、私は思った。
「……じゃあ、私、その魔力にやられちゃったのかも」
「うん?」
「だって、もっとここにいたいって思うから」
そう、きっと、京都の持つ不思議な力の所為だと思う。
紅葉が綺麗なのも、他の街とは違う独特な雰囲気も、宗兄さんから目が離せないのも、全部。
「そうか、それは嬉しいわ」
宗兄さんが笑って、今度は私の髪を撫でた。
目が離せないのに、目を合わせられない。
何故か胸が熱くなる。
私の頬がきっと、紅葉みたいに赤く染まっているのも、全部。
全部、この魔力の所為だと、そう思うことにした。
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